2010年9月2日
日本語修了生福永さん 【授業篇】
日本語教師修了生「福永祥子さん」が鹿児島校に
久しぶりに遊びにいらっしゃったのでお話をお聞きしました。

今は、中国の太倉市で日本語教師をされている福永さん。
最初は日本語教師をするつもりも、中国に行くつもりもなかったそうですが、
学校から中国での仕事を紹介され、 びっくりしたけどこれも何かの縁だし
少しくらいやってみるのもいいかと思ってお引き受けしたそうです。
1年間だけ頑張るつもりが、契約更新をお願いされもう3年過ぎました。
条件が良かったので、もう1年するつもりです。
【中国での最初の授業は・・・ 】
大学4年生を50人くらい担当することに。
他の先生から「これが使う教科書です」と教科書だけ渡され、
先生紹介もなしに、いきなり50人の前で授業。
そうしたら、生徒さんがもっている教材と渡された教材が違う。
なんとか授業を終え別の先生にいうと、「だったらコレ」と
別の教科書を渡されるが、それも別の教科書。
そんなこんなで2週間くらいしてやっと正規の教科書をいただける。
そのとき、「先生は日本人なんだから日本語で話しをしたら
授業になるでしょ」と別の先生に言われてびっくりしたとのこと。
【経験して、わかったこと 】
中国の方に教えた経験しかないですが、基本的に生徒さんは
人の言う事をきかない。
聞く耳をもたないが、意見を主張する口は発達している。
こちらからいろんなカリキュラムを考えて準備していっても授業の中の
突拍子もない質問などで予定通りに進むことはほとんどない。
日本文化を教えますよといって、浴衣を見せると、
「私、着たい、私も着たい」とさっと着て、写真とってすぐ脱いで・・・と
勉強にならない。
そこで、身についたのが、生徒さんが言ったことの中から授業を
組み立てていくこと。
そして、ちょっとずつ情報を小出しにしながら日本を伝えていく。
そうするとみんな真剣に授業を聞いて学習していく。
浴衣など小道具は、最後にジャーンと出すといいです。
まだまだいろいろな、お話をうかがっていますので第2弾決定!
次は中国での生活をご紹介! お楽しみに!
久しぶりに遊びにいらっしゃったのでお話をお聞きしました。

今は、中国の太倉市で日本語教師をされている福永さん。
最初は日本語教師をするつもりも、中国に行くつもりもなかったそうですが、
学校から中国での仕事を紹介され、 びっくりしたけどこれも何かの縁だし
少しくらいやってみるのもいいかと思ってお引き受けしたそうです。
1年間だけ頑張るつもりが、契約更新をお願いされもう3年過ぎました。
条件が良かったので、もう1年するつもりです。
【中国での最初の授業は・・・ 】
大学4年生を50人くらい担当することに。
他の先生から「これが使う教科書です」と教科書だけ渡され、
先生紹介もなしに、いきなり50人の前で授業。
そうしたら、生徒さんがもっている教材と渡された教材が違う。
なんとか授業を終え別の先生にいうと、「だったらコレ」と
別の教科書を渡されるが、それも別の教科書。
そんなこんなで2週間くらいしてやっと正規の教科書をいただける。
そのとき、「先生は日本人なんだから日本語で話しをしたら
授業になるでしょ」と別の先生に言われてびっくりしたとのこと。
【経験して、わかったこと 】
中国の方に教えた経験しかないですが、基本的に生徒さんは
人の言う事をきかない。
聞く耳をもたないが、意見を主張する口は発達している。
こちらからいろんなカリキュラムを考えて準備していっても授業の中の
突拍子もない質問などで予定通りに進むことはほとんどない。
日本文化を教えますよといって、浴衣を見せると、
「私、着たい、私も着たい」とさっと着て、写真とってすぐ脱いで・・・と
勉強にならない。
そこで、身についたのが、生徒さんが言ったことの中から授業を
組み立てていくこと。
そして、ちょっとずつ情報を小出しにしながら日本を伝えていく。
そうするとみんな真剣に授業を聞いて学習していく。
浴衣など小道具は、最後にジャーンと出すといいです。
まだまだいろいろな、お話をうかがっていますので第2弾決定!
次は中国での生活をご紹介! お楽しみに!





























