2008/09/07

アメリカの大学院留学物語@

ヒューマン国際大学機構を経て、今年アメリカの大学院修士課程を卒業し、帰国された松本章伸さん。映像を学びたいと向かった先はニューヨーク・マンハッタン。そこで彼が見たもの、感じたものとは?ヒューマン国際大学機構卒業生の赤裸々留学生日記のPart-1です。


==== 経 歴 ====



20024月 甲南大学入学
200411月 ヒューマン国際大学機構入学
20063月 甲南大学卒業
20068月 ニュースクール大学院メディアスタディーズプログラム修士課程入学(アメリカ、ニューヨーク
20085月 ニュースクール大学院メディアスタディーズプログラム修士課程取得(成績優秀者奨学生)


Catch the Impossible (不可能を掴み取れ)

■あたりまえじゃ、つまらない
中学生時代、忘れられないテレビ番組に出逢った。家族の4人中3人がエイズに感染したアメリカ人家族の一年を追ったドキュメンタリーだった。あたりまえのように訪れては過ぎていく家族との日常が、こんなにもかけがえのないものだったのかと、ブラウン管の前で熱いものが頬をつたった。それ以来、自分の知らない世界の“物語”を映し出すドキュメンタリーのもつ魅力にとりつかれた。その後大学で社会学を専攻し、映像の勉強をしながら心理学や文化人類学など、様々な学問に触れながら、大学祭やイベントの企画に追われ、お酒に溺れる学生生活を送った。大学3年生の春、在阪テレビ局が実施する映像コンテスト番組に応募。自らで海外取材を行い、編集し制作した番組がグランプリを受賞した。

進路は決まった。アメリカへ行く!
日本の数年以上もメディア教育が進んでいると言われるアメリカ。それを肌で感じたい。世界の中心、ニューヨークで映像を学びたい。ただその一心だった。

大学3年生の晩夏、私の周りには異様な殺気が漂い始めた。手には就職活動攻略本、黒いリクルートスーツ、何枚ものエントリーシートに思いのたけを書く友達。就職活動に取り組む姿を尻目に、私はヒューマン国際大学(以下HIUC)へ通った。

このままじゃ、到底アメリカの授業にはついて行けない・・・。
過ぎる不安を打ち消けそうとHIUCの授業の宿題に加え、毎日800字以上のエッセイをひたすら書き続けた。ネイティブの先生に事情を話し、毎回授業後にチェックしていただいては書き直すの繰り返し。家ではCNN、通学途中は英語ラジオニュース、時間を見つけては単語帳を開く。大学生と留学準備予備校生の二束の草鞋を履き、TOEFLの目標点の取得に向けて英語漬けの毎日がはじまった。


■渡米。膨らむ期待??
友達が企業からの内定を次々と取り付ける中、英語漬けの日々を送る毎日。「このままアメリカの大学院に合格しなければどうしよう・・・。」語学力よりも不安とプレッシャーが増大した。

アメリカの大学は入るのは簡単。出るのが大変なんだよな?
当時、周囲の人によく言われた言葉。私の目指した大学院は、TOEFLのスコアーに加え、大学学業成績、志望動機書、履歴書、大学関係機関以外の一般企業からの推薦状を2通、自分が制作した映像作品等の提出が必須だった。大学院入学までに受験者が何をしてきたのか、これから学ぼうとすることがそれぞれの人生設計においてどう関係しているのか。アメリカの大学受験では、それが鋭く問われる。

必要書類を提出した後電話面接を経て、希望していた大学院から合格通知が届いた。学生ビザを取りに、アメリカ領事館へ向かう。多額の留学資金をかき集める両親。着々と進む渡米準備とは裏腹に、高まる不安と後悔の念。

渡米する飛行機に搭乗した後も一人機内で涙した。あれほど塩味の利いた機内食は初めてだった。

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     (写真:写真前列中央・本人 出発前関西国際空港にて)



       松本章伸さんの留学生日記Part-2をお楽しみ!
            「NY到着後の彼は・・・」
         次回は9月14日(日)を予定しています。


aahiuc400 at 12:00│Comments(0)TrackBack(0)